真夏のメルボルン散策 その2

2020オーストラリア

前回の続きです。前回はこちらから。

真夏のメルボルン散策
前回の真夏のオーストラリア旅行の続きです。シドニーからメルボルンへターミナルの移動今回の旅の目的地はメルボルン。JALにはメルボルンへの直行便があったものの、プレミアムエコノミーの設定がないため、断念し、シドニー経...

真夏のメルボルン

メルボルン2日目。今日も市内を散策。フィリップ島でペンギンを見たりしてもよかっただのが、1泊2日の滞在なので、市内観光をじっくりということにした。

まずは今日のメインのフリンダースストリート駅へ。

ちょっとその前にヤラ川沿いを散策。ヤラ川の遊覧船やレストランが多いですね。

そして、メルボルンといえば、フリンダースストリート駅。この大量の路面電車の電線が邪魔でありつつも、路面電車が来ることで、趣が出るので憎めない。

フリンダースストリート駅の対面には、セントポールス大聖堂がある。生憎、日曜のミサ中で中には入れなかったが、こちらもネオゴシック様式だが、英国国教会の教会だ。移民政策の変更などにより、今ではカトリック教徒のほうが多いが、英国国教会の存在はなお教育や福祉の分野では大きいと言われる。

次に歩いて着いたのは、ホージア・レーン。一見立ち寄りがたい通りだが、れっきとした観光名所。壁に大量の落書きが書かれ、それがアートとして認知され、もはや観光客しかこの通りにはいないので、昼間なら安心して歩ける。(夜は行っていないのでわかりません。。。)

基本的に上書きされていくので、今日見たものは1か月後にはないと思ったほうがいい。だから、メルボルンを訪れるたびに新しい絵に出会える。

この通りにあるものはごみ箱でさえもアートの餌食になっちゃう・・・

一体、ここの通りの建物のオーナーたちはどう思っているのか聞いてみたいものだ。。。

次にはカールトンガーデンズを抜けて、メルボルン博物館でメルボルンの歴史を学習。先史時代から、移民の生活までいろいろと展示してありました。先住民族のアボリジニーについてもその歴史を展示してありましたので、オーストラリアの歴史を再認識させられました。

特に衝撃だったのが、アボリジニと白人の混血の子供を親元から引き離す政策があったみたいでその時の証言をしている展示があった。オーストラリア政府の役人が来ると、家の中の隠れスポットの中に入ったり、屋外の見つからない場所で身を潜めていたりしていたようだ。食料も子供の分が棚にあると不審に思われるので、夫婦の分だけ見世物のように棚に並べているという徹底様だったみたいだ。

詳細はここから。英語版のほうが詳しい。

前日のビクトリア州立図書館にあった中華系移民の2世の証言も印象的だった。学校に行っている間は、自分が中華系と感じることはなく、白人と同じように生活していてその一部のように感じていたという話。でも、オーストラリア国籍を持たない証言者の父親は白豪主義の中、中華系の輸入商店で財を成すまでにいろいろ苦労されたという話であった。その後父親は帰化し、メルボルン市会議員まで勤められたそうだ。

今でこそ、オーストラリアは移民に対して寛容な政策のイメージがあるが、白豪主義の時代はまだ遠くない昔だということを思い知らされた。

そのあとは世界文化遺産の王立展示館へ。カールトンガーデンズとともに2004年に世界文化遺産に登録されている。王立展示館の内部観光は毎日14時から。チケットはメルボルン博物館の入場券と同じところで購入できる。メルボルン博物館をまじめに見学していたら、3時間かかりましたので、王立展示館と一緒に行く場合は、時間に注意ですね。(再入場は可能なので、王立展示館のツアー参加後、再度博物館を見学も可能。)

ちょこっと解説すると、王立展示館は、1880年のメルボルン万国博覧会のために建てられた。メルボルンでの万博は南半球初であり、33の国が参加した。この王立展示館、見た目は、石造りとかに見えるが、実は木造であり、高級感を出すために石造りのような外観にしているのだとか。

メルボルン万博は日本も参加しており、当時の出品目録がなんと、オーストラリア国立図書館のアーカイブスにあり、こちらから見られます!! しかも、ご丁寧に文字に起こしてくれてもいます。
目録を見ていると、当時の日本は繊維産業が盛んだったこともあり、絹織物が多いですね。友禅染や、お米、海藻など、いろんなものが展示されていたみたいです。あと、当時は東京のことを、TOKIOと綴ったみたいですね。

さて、その内部は広い空間となっており、展覧会のメイン会場だけでなく、独立後最初の国会や、戦時中は野戦病院となったりもした。現在では様々な展示会のために使用されており、今回はメルボルン大学が使用中であった。(入学式だったか、卒業式だったか、なんかそんなイベントといっていた気がする。)

何度も改装を重ね、照明の導入により、明り取りの窓が減らされたりしている。内部の壁画や支柱画は、予算削減のためはがされず、そのまま重ね塗りがされいたため、めくると創建当時の絵が出てきたということだから、よく保存されているというのか、なんというのか。。。

案内の係の人はメルボルンっ子で、この建物をすごく誇りに思っているのが伝わってきて、終始和やかな見学でした。因みに、当日見学した人のうち半数が日本人でした。。。

王立展示館見学後は、再び歩き回り、クイーンビクトリア・マーケットへ。すでに、お昼回った時間であったため、ほとんどのお店は営業が終了していました。

そして、少し時間が余ったので、フリンダースストリート駅の前のフェデレーションスクエアまで戻り、メルボルン日本夏祭りを見学。こんなに日本人がいるんだっていう感じでした。

コスプレ大会もやっていたみたいで、コスプレ姿の日本人、オーストラリア人、たくさんいました。暑い中、コスプレお疲れ様です!!

そして最後には、チャリティー福引の抽選会もしていて、1等はJALで行く日本往復の旅でした。メルボルンにはJALが直行便を出しているため、市内各所でJALの広告がありましたね。

最後に、港町なので、ビクトリアハーバーで潮風にあたり、空港へ。

メルボルンからシドニーへ

メルボルンからシドニーへは、再びジェットスターを利用。ジェットスターのシドニー行き最終便に搭乗。この日泊まるホテルは空港から徒歩10分の場所で、初日シドニーに着いたときに時間があったので、道もチェック済みだから、夜遅くでも不安はあまりない。

23時前には部屋に入ることができ、翌日の朝に荷物を詰めなおして、就寝。


次回はシドニーからの帰国編です。

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